伊東純也を生んだ“海と山”「無理やり連れて」 2人の弟と磨いた原点…道を拓いた一つのゴール
稲妻のようなスピード。伊東の代名詞だ。その原点は理論ではなく“野生”に近い場所で育まれた。
神奈川県横須賀市。海と山に囲まれた地で、少年時代を過ごした。特別なトレーニングではない。ただ、すぐそばに砂浜と坂道があった。
「実家は本当に海と山が近くて。トレーニング的なことは分かっていなかったですけど、きついことをやればいいだろうという考えでしたね。
砂浜ダッシュもきついし、坂道ダッシュもきつい。一緒に弟を連れて、そういう自然の中を走ったりしていました」
2歳下と6歳下の弟。
少年団のコーチを務めた父は時に厳しく、母は静かに見守ってくれた伊東家でのびのびと育った。
「トレーニングに行こう」。
思い立ったら弟を誘った。
「嫌々連れていったりもしていましたね。家から出たくない弟を無理やり(笑)。
2歳下の弟は大学生になるまでよく一緒にボールを蹴りました。喧嘩とか全くせず、今もいい関係」。
理屈抜きの反復こそが、今の爆発的な1歩目の礎となった。
神奈川県横須賀市。海と山に囲まれた地で、少年時代を過ごした。特別なトレーニングではない。ただ、すぐそばに砂浜と坂道があった。
砂浜ダッシュもきついし、坂道ダッシュもきつい。一緒に弟を連れて、そういう自然の中を走ったりしていました」
少年団のコーチを務めた父は時に厳しく、母は静かに見守ってくれた伊東家でのびのびと育った。
「トレーニングに行こう」。
思い立ったら弟を誘った。
「嫌々連れていったりもしていましたね。家から出たくない弟を無理やり(笑)。
2歳下の弟は大学生になるまでよく一緒にボールを蹴りました。喧嘩とか全くせず、今もいい関係」。
理屈抜きの反復こそが、今の爆発的な1歩目の礎となった。
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そんな環境の中で、プロへの意識が明確になったのは大学に入ってから。目の前のことに没頭し続けた結果、道が拓けた。伊東らしく、マイペースに実直に。どんな歩みも今につながった。
小学6年生の時。横浜F・マリノスジュニアユースのセレクションを受けた。最終選考に残ったが、結果は不合格。だが、伊東にとっては挫折ではなかった。
「セレクションは免除みたいなのがあって行ったんですけど、正直、あんまり受かりたくなかったというのがあるんですよね。知り合いがいなかったので(笑)。
もちろん受かったら行くつもりだったので、真面目にはやりました。結局は落ちましたね……。
落ちた悔しさはありましたけど、落ちても次に行くクラブで倒してやろうぐらいに思っていました」
選択全てにストーリーがある。高校進学時も「サッカーがある程度強くて、家から通えるから」という理由で地元の逗葉高校を選んだ。
国体メンバーに選出された時も、早生まれで1学年下の招集だったことから「1個下なんて全員知らない」という理由で行かなかった。
でも、それは自らが選んだ道。周囲の評価や世間のレールに流されず、自分の直感を信じた。独自の感性が伊東を築き上げた。
<出典元>
| 伊東純也を生んだ“海と山”「無理やり連れて」 2人の弟と磨いた原点…道を拓いた一つのゴール …伊東純也は横須賀市でのびのび育った 世界を切り裂く右サイドの韋駄天??。ベルギー1部ゲンクに所属する日本代表MF伊東純也は、32歳となった今も輝きが… (出典:FOOTBALL ZONE) |



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