(出典 宣伝会議)

松木安太郎の解説は、FIFAワールドカップでの熱い語りと松木節で知られ、歴史や現場経験とともに日本サッカーの歩みを振り返る.
松木安太郎のサムネイル
松木 安太郎(まつき やすたろう、1957年11月28日 - )は、東京都中央区出身の元サッカー選手、サッカー解説者。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。元日本代表。日本体育大学体育学部体育学科卒業。 従弟には築地市場場内のマグロ仲卸の生田與克。祖父は大相撲力士の葵龍(最高位は十両)。…
23キロバイト (2,230 語) - 2026年2月27日 (金) 03:48

1 ゴアマガラ ★ :2026/03/02(月) 23:19:17.96 ID:omRBTzF/9
 日本代表にとって初めてのワールドカップ、記念すべきファーストマッチの解説を務めたのがほかならぬ、松木安太郎であった。



 1998年、フランス。トゥールーズで迎えたアルゼンチン代表との一戦。

「ファウルだろ!」「ふざけたロスタイム」などといった熱っぽく語る“居酒屋スタイル”にはまだ至っておらず、落ち着いた語り口だ。

それでもガブリエル・バティストゥータのヘディングシュートがポストを叩いた際は「ポストが12番目の選手になっている感じですね」と、ところどころに松木節をちりばめてはいる。

アルゼンチンはナメてきているな



 ただ冷静に解説することに努めていただけで、内心はかなりホットになっていた。

「最初、アルゼンチンは日本をナメてきているなっていうのは伝わってきましたよ。

でも段々、エンジンをかけてきてドリブルが増えて、失点シーンも(アリエル・)オルテガがドリブルで中に入ってきたところからバティストゥータに決められた。追いつけ、逆転しろっていう思いで解説してましたよ。

結果的にはやられたのは1発だけで“ちょっとの差”なんだけど、それがどれだけ大きな差かということも感じましたね」



 1つ年上の岡田武史監督が率いる日本代表は、グループステージ3連敗で戦いを終えた。「ちょっとの差」の現実を乗り越えていくには、自分も「解説」という役割において何が必要かを考えるようになった。



 2001年に東京ヴェルディの監督を離れてからは、AFC(アジアサッカー連盟)との放映権契約を結んでいたテレビ朝日におけるサッカー中継の顔となっていく。 

ピッチとスタッフとサポーターと一緒に戦おうとする解説スタイルを確立していった。



 日韓大会の担当試合はチュニジア代表戦で、ワールドカップ解説初勝利を手にした。セレッソ大阪監督時代に指導した森島寛晃がゴールを奪うと、思わず声を張り上げた。だがこれ以降、担当試合では勝てていない。

自分も代表に合わせてコンディショニング



 ドイツ大会、気温30度超えとなったクロアチア代表戦はスコアレスドローに終わり、南アフリカ大会は強豪オランダ代表に0-1敗戦。ブラジル大会はコロンビア代表に1-4と大敗を喫した。

ロシア大会はセネガル代表に2-2と引き分け(録画放送)、先のカタール大会はコスタリカ代表の堅守に苦しんで0-1と敗れている。

このときも「ドイツに負けてコスタリカに勝ったと思えばいい」と常にポジティブであろうとし、日本代表の背中を押そうとしている。


全文はソースで
https://number.bunshun.jp/articles/-/869466?page=1

【「PKだ!PK!」「ファールだろ!」松木安太郎の解説が聞きたい…!!www】の続きを読む